法科大学院で得た人との出会いは、私にとって最高の財産といえる。お金のことだけ言えば、授業料から教材費、生活費、あの3年間で一体何百万円かかったのか、計算するのもおそろしい。しかし、それをはるかに上回るだけの価値ある出会いを私はあそこで手にした、そう断言することができる。

法科大学院で過ごした3年の間に得た出会いは、数えきれない。

法科大学院の理念であるソクラテスメソッドを実践する民法の教授は、議論に参加する力、自分の意見を発信する力を、日々の授業を通じて鍛えてくれた。

刑事事件に少しでも携わる人であればだれもがその名を知るような弁護士は、気さくに、惜しみなく、その法廷弁護技術を教えてくれた。

時には取調べに笑いも織り交ぜながらひとりひとりの被告人と向き合ってきた検事は、刑務所から出所後に被告人から送られてきた感謝の手紙をそっと読ませてくれた。

長年家庭裁判所の裁判官として夫婦の問題や親子の問題に取り組んできた元裁判官は、親というものが子どもに対してどのような責任を負うものかを熱く語ってくれた。

修了生が後輩に学修指導をする新しいシステムをつくり上げた若手弁護士は、他にもさまざまな取り組みを行っていて、弁護士という職業の幅広さやおもしろさを見せてくれた。

そして、銀行や新聞社、大手企業などでの社会人経験を有する人、家事や育児と学修を両立させながら法曹を志す人、高卒だったが大検を受けて法科大学院に進学してきた人、韓国から留学してきて日本で法曹を目指す人、実にさまざまな背景事情や価値観を有する仲間たちと出会い、法科大学院での厳しい生活の中、彼ら彼女らと共に支え合ってきた。

この人からもっとたくさんのことを学びたい、この人のような法曹になりたい、この人と将来も一緒に働きたい、法科大学院での3年間は、そう感じられる人たちとの出会いに溢れていた。

もっとも、私が在学していたわずか3年の間にも、法科大学院は大きく変化してしまった。母校は、多様な人材を法曹にするという司法制度改革の理念に基づき入学者の大半を未修者としていたが、他の法科大学院に比べ合格率が低いことを受けて、既修者中心へと方針転換がなされ、入学者の顔ぶれはがらっと変わった。また、司法試験受験科目を教える授業の数が増加され、司法試験と直接的には関係ない授業や団体活動はどんどん縮小していった。法科大学院での最後の一年は、日々の学修に専念せざるをえず、新しいことを学ぶ機会も人と知り合う時間もほとんどない状況に追い込まれていった。

もちろん、法科大学院を修了した後には司法試験を受験するのであるから、そのような状況は当たり前という意見もあるかもしれない。しかし、新たな事がらや新たな人との出会いを通じて、司法試験に合格することは目標ではなくあくまで出発点であると、そして、そこから先には広く大きく続く道があると知ることは、受験勉強をしていく上でも大きな原動力になるのではないだろうか。

法科大学院制度がはじまってまだ数年である。批判したり評価したりすることはとても重要だが、廃止すべきであるという主張はやはり時期尚早である。人間がそうであるように、制度というものも少しずつ成長していく。悪い方向に変化することもあるが、そのときはまた良い方向を模索すればよい。良い方向に変化することもあるが、そのときはそれをさらに良い方向へ促進すればよい。そうやって試行錯誤を繰り返しながら、制度というものは成長を続けていくのではないだろうか。そして、私たちには、そのような制度の成長を共に歩む姿勢が求められているのではないだろうか。

少なくとも、これから法曹になる自分にとって、法科大学院で過ごした時間、法科大学院で得た出会いは、間違いなく貴重な財産である。5年後、10年後の法科大学院が、そこに身を置く人間を本当の意味で豊かにする場所であるように、微力ながら自分も力を尽くしていきたい。

小野山 静第66期司法修習生